「愚者は体験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という格言があり、私もその言葉を前から知っていました。知っている程度で、ちゃんと理解しているとか、納得しているという次元ではありません。
でも、気になる言葉で、いままでにもふりかえってみる機会が何度かありました。体験も大事なものであることはいうまでもありません。いいかげん年を重ねてきたといえる私もそう思っています。しかし、体験だけに目も気もとらわれるな、という意味もこめられているのです。ですから、その言葉を引用しながら何かが語られたり、書かれたりの場に出会うと、何がしか得るものがありました。
ところが、最近こんな体験をしました。これからの景気はどうなるのか、どうすることが必要か、ということについての本を2冊(仮にAとBとします。一般向けのわかりやすい内容でした)たてつづけに読んだのですが、どちらにも「愚者はーー」の言葉がしめくくりのところに引用されていました。取り上げた題材、ふりかえるべき歴史、共通しているものです。著者ふたりは私でも知っている名の知れた論客でした。お互いでも知っている関係でしょう。
それぞれの結論A意見、B意見は、まったく違ったものでした。同じテーマ同じ歴史材料でありながら、ひとつは東へ行け、ひとつは西へ行け、と結論をだしているのです。出版時期も今という同時期でした。Aさんの言いたい歴史から学べ、Bさんのいいたい歴史から学べは、なんなのでしょう。
私はおかげで、どちらかが間違った意見であると思う立場に追い込まれました。情けないかな、ではどちらが正しいのかということはまだわからないのにです。
どちらかが納得する意見だとなるまで、あせらず時間をかけることにしました。ひょっとすると両方とも間違っていて、第3の意見が正しいのかもしれないのです。
「着眼大局、着手小局」という言葉もあります。日々の活動はまったなしのことが多いのは当然です。今回は大きな流れや変化のことについて知っていこうということが、まずAさんの本に手をだしたきっかけです。ほうそんなものかと半分以上納得した気持になったのでした。ついでにとBさんの本にも目を通したことで、課題を背負わされてしまいました。
わかりもしないことをわかったことのように言おうとしての私も思惑、まったく挫折させられてしまいました。きちんと謙虚に学べという原則に立ち返れ、との警鐘と受け止めています。
以上 植田英隆 091110
2009年11月10日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/132529390
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/132529390
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック

